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【長崎・観光】出島と、勝海舟、坂本龍馬ゆかりの3つの寺

今回は、長崎出島付近の散策ご紹介をしていきます。坂本龍馬が師である勝海舟と長崎で過ごしていたことは史実によって明らかですが、その二人の思い出の場所を散策して、長崎・出島がその役割を果たしていた時代を思い浮かべ散策するのはいかがでしょうか?

勝海舟と龍馬は長崎にいた

長崎市内には、勝海舟が長崎留学中に滞在していた本連寺、いろは丸事件の談判が行われた聖福寺、そのほかにも龍馬や海援隊も取り調べをうけた長崎奉行所跡地(現:長崎歴史文化博物館)などが、二人のゆかりの地として人気スポットです。

①「勝海舟、長崎時代の住処」

勝海舟が、長崎の海軍伝習所で航海術などを学んでいた4年間、住処としていたのが本蓮寺です。ここは、医師シーボルトが宿泊したことでも有名なお寺です。

本蓮寺

②「龍馬の逗留処」

坂本龍馬は勝海舟に連れられて、長崎に初めて訪れたときに逗留したのが福済寺です。龍馬は、およそ1ヶ月間このお寺を宿泊所として利用していたそうです

福済寺

③「いろは丸事件談判の舞台聖福寺」

坂本龍馬率いる海援隊の蒸気船『いろは丸』と、長崎へ航行中であった紀州藩所属の船『明光丸』が、瀬戸内海で衝突し、『いろは丸』が沈没。この「いろは丸事件」で、土佐藩と紀州藩のトップが、賠償談判のために集まったのが、この聖福寺です。

聖福寺

鎖国時代の唯一の窓「長崎出島」

徳川幕府の鎖国時代の約200年間、日本で唯一外国に開かれていた貿易の窓口だったのが長崎の出島。島内には、住居、料理部屋、蔵、番所などの建物が49棟もあったそうです。現在、歴史的価値の再現を目的に出島の復興事業が行われており、現在19世紀初頭、和蘭商館長ブロムホフや商館医シーボルトたちが活躍した時代に復元しようと進んでいます。すでに、カピタン部屋など10棟の建物の復元が完了しています。もちろん、見学可能ですので、ぜひ復興の出島にお出かけください。

出島